« 2005年5月 | トップページ | 2005年7月 »

2005年6月30日 (木)

成長の限界 人類の選択

5/30の「サステイブルな本 -Part1-」でご紹介した「成長の限界 人類の選択」をやっと読み終わりました。もっと早く読み終わる予定が、他の本に浮気をしている間に1ヶ月もかかってしまいました。やはり持続可能(サステイナブル)な社会を語る上で、この本は欠かすことができません。その分、内容が重く、なかなか読み進めることができなかったというのはやはり言い訳でしょうか。

読み終わってみると、「成長の限界」に関する内容は想像以上に重いものでしたが、後半に記述されている「人類の選択」が実はこの本で著者が言いたかったことだということが良くわかりました。この本の中ではシステム・ダイナミックスという手法を用いて人類の将来をシミュレーションしているのですが、そのときに11のシナリオを示しています。このうち、持続可能なシナリオは実質的には1つしかありません。このシナリオでの前提条件は世界全体が2002年以降に以下の項目を実行に移すということです。

  • 人口を安定させる。
  • 工業生産を安定させる。
  • 資源の利用効率をあげる技術へ投資し、採用する。
  • 工業生産単位当たりの汚染排出を減らす技術へ投資し、採用する。
  • 土壌の侵食を抑える技術へ投資し、採用する。
  • 土地の収穫率を向上させる技術へ投資し、採用する。

これだけの前提条件が満たされた初めて人類は持続可能な社会を構築することができると述べられています。つまり今すぐにこれらの項目を実行しなければ、人類が持続可能な社会を構築する可能性は限りなくゼロに近づいていくことになります。

それでは今、私達はこれらの項目を実現する為に何をすべきなのでしょうか?この本の最後の2つの章では、それに対する著者らの考えや思いが切々と述べられています。本の前半の重苦しさに比べると、これらの記述は楽観的とも言えますが、それこそ「人類の選択」へ希望をつないでいるのではないでしょうか。まず著者らが述べている持続可能な社会を再構築する指針は以下のとおりです。いずれも示唆に富んだ指針です。

  • 計画づくりの視野を広げる
  • シグナルを改善する
  • 対応時間を短縮する
  • 再生不可能な資源の消費を最小限にする
  • 再生可能な資源の衰退作用を防止する
  • あらゆる資源を最大限に効率よく用いる
  • 人口と物理的資本の幾何級数的成長を減速させ、最終的には止める

著者らはこれらの指針を実行することにより、人類がこれまで経験してきた農業革命や産業革命に続く「持続可能性革命」が起こることが必然となるとしています。著者らはその実現の為の五つのツール(言葉)を提示していますので、最後にそれを列挙したいと思います。いずれのツールもこの本の最後に提示されることにより、非常に深い言葉として心に刻まれます。是非、前半だけではなく、この本の後半をじっくり読んで見てください。自分もこれから何回も読み直したいと思います。

  1. ビジョンを描くこと
  2. ネットワークをつくること
  3. 真実を語ること
  4. 学ぶこと
  5. 慈しむこと

11:44 午後 環境 | | コメント (0) | トラックバック (2)

2005年6月28日 (火)

サステイナブルな本 -Part2-

先月末にご紹介した「サステイナブルな本-Part1-」の第2段です。「成長の限界」や「エコロジカル・フットプリント」の本を読んで、サステイナブル(持続可能)な発展が重要だと気がついたときに、では自分達はどうすれば良いのかを知ることができる本です。

カサンドラのジレンマ -地球の危機、希望の歌-
     アラン・アトキソン著、枝廣淳子訳、PHP出版、2003

著者のアラン・アトキソン氏は、自治体としての持続可能性指標への初の取り組みである「サステイナブル・シアトル」を立ち上げた持続可能性コンサルタント(スウェーデン在住)として有名です。

本書の前半はあの「成長の限界」に書かれている内容を再考し、本書のテーマになっている「カサンドラのジレンマ」について解説しています。カサンドラは伝説のトロイ最後の王の末娘でしたが、未来を予言する力を身につけてしまった為にあるジレンマに陥ります。あの有名なトロイの木馬がトロイを滅ぼすことを予言したのですが、人々に受け入れられずにトロイが滅亡してしまったのです。予言は見事に的中しますが、国は滅びてしまったということなのですが、もし予言が的中しなかった場合でも嘘つき呼ばわりされるというジレンマがここにはあります。アトキソンは成長の限界や地球環境問題を訴えることに、この様なジレンマがあると指摘しています。

この様なジレンマの状況の中で様々なアプローチがありえます。限界を信じずにこのままの成長を突き進む、あきらめてこのまま現状維持とする等が考えられますが、アトキソンは第3の道を推奨しています。それが「持続可能性(サステナビリティ)」や「持続可能な(サステイナブル)」というキーワードに象徴されるアプローチです。このアプローチは、人類社会の成長の限界をシステム思考の観点から認識しつつ、現状を変える努力を様々なイノベーションを通じて懸命に行うことを示しています。

ここで、アトキソンが示す「持続可能性の7原則」を列挙します。特に最後の「創造性」がこれからの取り組みには重要だと訴えています。つまり現状維持ではだめだということです。

  • 長期的に考える
  • システムを理解する
  • 限界を認識する
  • 自然を保護する
  • 従来のビジネスを変革する
  • 公平であること
  • 創造性を大切にする

持続可能な発展への取り組みの手法についても幾つか示されています。

まず、一つ目が「持続可能性指標」です。一般的な指標というとGDPや平均株価などの経済指標を指しますが、持続可能性を示す一般的な指標はまだ存在しません。しかし、ここ十数年間の取り組みにより欧米を中心に多くの指標が生まれ、活用されて来ています。何故、指標が重要なのでしょうか。指標により人々は現在の状況を客観的に知ることができ、対策(フィードバック)を講じることができるのです。実は多くの社会活動は「指標」によるシステムで動いていますので、これを持続可能な発展でも応用できるはずだという考え方です。アトキソンは指標を「環境(Nature)」、「経済(Economy)」、「社会(Society)」、「福祉(Well being)」の4軸に分類して「コンパス」に見立てており、この考え方は先日発表された「JFS指標」でも生かされています。

さらに変化するための「イノベーションの普及」についても言及しており、「イノベーション考案者」、「イノベーション推進者」、「イノベーション実行者」という3つの担い手が必要だとしています。私達は、イノベーション(変化)の担い手としてこのいずれかになることができるはずだと言っているのです。

少し長くなってしまいましたので、最後に本書に関連する本やリンクを紹介します。

推薦図書「自然資本の経済 「成長の限界」を突破する新産業革命
ポール・ホーケン、エイモリ・ロビンス、ハンター・ロビンス著、日本経済新聞社、2001

セミナー報告「持続可能な社会をつくる指標とは」
      環境自治体会議環境政策研究所所長 中口穀博氏
http://www.geic.or.jp/geic/partnership/sd/05/041207_01.html
参考資料「持続可能な発展と地方自治体における政策形成とシミュレーション」
     東洋大学国際地域学部教授 池田誠氏
http://www.itakura.toyo.ac.jp/~ikeda/SimTaKN/SimTaKN-TOOL-BOX/Application/Seattle/20050114/20050111Seattle.pdf

12:36 午後 環境 | | コメント (0) | トラックバック (1)

2005年6月23日 (木)

サステイナブルな失敗学

「失敗学」という学問をご存知でしょうか?東大の先生をしていた畑村洋太郎氏が自ら考案した学問で、日本の経済成長の中で実施されたきた様々な産業活動を観察した結果、「失敗」に関するある法則に気がついたということです。ここでは、最近出版された「失敗学の法則」という本から持続可能性と関係のありそうな話題を取り上げてみたいと思います。

私も以前ある学会で、畑村先生の講演を聞いたことがありますが、他には無い視点で、とても感銘を受けました。「失敗」したことを認めるのは非常に勇気がいることですし、人の失敗を指摘することも難しいことが多く、ましては「失敗」自体を評価してその後の「成功」つなげるのは至難の業と言ってもよいでしょう。そこをあえて「失敗」を前向きに捉えて、原因を追究し、そこから学び続けることが重要だと指摘しています。

持続可能な開発を行い発展する上で、この「失敗学」はとても重要な視点を提供していると思います。まず、持続可能な開発あるいは発展は、これまでの経済優先の開発の反省あるいは失敗から導きだされるものだからです。持続可能な発展の為には、何故、経済優先の社会が現在の様々な環境・エネルギー問題を引き起こしているかという原因を探る必要があります。

「失敗学」では原因を「要因(動機)」と「からくり(特性)」に分けて考えます。経済優先の社会の要因(動機)は、明らかに人間の向上心であり、より良い生活を望むことであり、飽くなき欲望です。ここには人間特有の(他の動物には無い)要因があります。しかし、この要因だけでは、現在の持続不可能になりかけている経済優先の社会にはなりません。そこに何らかの「からくり(特性)」が存在することになります。

経済優先の社会を導きだす「からくり」は18世紀の産業革命から始まる技術革新やそれを取り巻く様々な経済理論なのかもしれません。現在の企業の特性も「からくり」のひとつでしょう。持続可能な社会を目指すには、飽くなき成長を続ける経済優先の社会を「失敗」と考えて、その「からくり」を明らかにして、変えていく必要があります(人間の欲望などの要因については変えるのはなかなか難しいと考えられます)。

「失敗学」では、「質的変化を見落とすな」ということが言われます。これは、産業などの成長の初期では量的変化を追及しますが、成長が成熟期を迎える前に「質的」な変化をしなければ衰退へ向かうということです。人類はまさに経済成長における成熟期を迎えており、ここで質的な変化をしなければ衰退に向かうというあの「成長の限界」と同様の結論を導きだしています。

その他の「失敗学」の多くの知見が、持続可能な社会をめざす有力な手法を示していると考えられます。ここでは、「失敗の理解に不可欠な知識」および「失敗から身を守る」として列挙された項目のみを示し、また別の機会にご紹介したいと思います。

  • 「暗黙知」を生かせ
  • 質的変化を見落とすな
  • 「チャンピオンデータ」は闇夜の灯台
  • 「山勘」は経験のエッセンス
  • すべてのエラーはヒューマンエラーである
  • 新規事業は隣接分野でしか成功しない
  • 「責任追及」と「原因究明」を分けろ
  • 当事者の視点からでしか正確に伝わらない
  • 「遠慮のかたまり」が失敗の温床となる
  • 「見えない関連(リンク)」を見ろ
  • 過度の経済性追求が技術を殺す
  • 「情報断絶」が諸悪の根源
  • 「不作為」は犯罪的失敗となる
  • 「潜在失敗」を顕在化せよ

10:22 午後 サステイナブル | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年6月21日 (火)

サステイナブルな生活とは?

地球温暖化問題などの地球環境に関する問題は中々実感することが難しいのですが、持続可能な社会を目指す為には、日々の生活の中で、何らかの形でこの問題を実感をする必要があると思います。

 例えば日本経済の指標として企業の株価や日経平均などが刻々と伝えられますが、環境やエネルギーなど持続可能性に関する指標が1日1回程度でも伝えられれば、問題の状況をある程度認識できるのかもしれません。もし日銀に相当する様な環境負荷の調整機関があれば、この様な指標をベースに日々調整に励むかもしれませんし、「環境経済省」あるいは「持続可能省」みたいな環境省と経済産業省が一緒になった省ができれば、わが国の環境政策もさらに前進するのではないでしょうか(ここまではちょっと夢のお話ですが..)。.

地球環境問題を実感するといえば、自分の「体」という最も身近な対象に対しても生活習慣病などの問題に中々気がつかないということが良くあります。発熱などの急性の症状であれば、すぐに医者に行って診てもらい薬を処方してもらうことになりますが、肥満などの伴う高血圧や糖尿病などの生活習慣病は年一回の健康診断でかろうじて発見される程度です(それでも発見されない病気はたくさんありますが)。

生活習慣病になりやすい人の特徴として、自分自身の健康に関心がなく、日々の仕事などに追われているということがあると思います(自分もそうでしたが...)。1年に一回の健康診断で指摘されても中々日頃の生活習慣を変えるのは難しいのが実状です。その様な生活を数年続ければ、歳を取るに従い健康な生活を持続することができなくなります。明らかに発病してから直すのは入院や手術など大変な時間と労力が必要となりますし、回復が難しいケースも多いでしょう。やはり、日々の健康管理の積み重ねが生活習慣病の予防になります(その意味では医療費の増大は持続可能な社会を目指す上では重要な問題です)。

地球環境問題についても、これまでの生活習慣や経済活動を今すぐ見直し、資源やエネルギーの使用量を減らし、廃棄物を減らす絶え間ない努力を続けない限り、気がついたときには手遅れなる可能性が高いと考えられています。日々の環境負荷の管理や環境への配慮を様々なレベル(個人、家庭、地域、企業、国)で継続することが持続可能な社会を目指す上で重要なのだと思います。その為には、環境負荷の指標や環境への配慮が、自然な形で生活や経済活動の主要な部分になる必要があります(いわゆるエコな生活?)。

まずは自分の体を健康に、そして生活をサステイナブル(持続可能)なものにすることから始めるのはどうでしょうか。もし仮に自分の体と地球環境を何らかの形で重ね合わせることができれば、地球環境への配慮ももっと自然な形でできるのかもしれません。その意味で日頃からの自然とのふれあいも大切ですね(自戒を込めて...)。

そういえば、"Nature Interface"(ネイチャー・インターフェイス)という雑誌がありますが、ITを利用して自然とのふれあいが常時可能なウェアラブルなインターフェース環境を構築するというアイデアでしょうか。住む家がその様な自然環境とのインターフェイスを持つシステムになっているのも良さそうですね(こちらの方が現実的?)。インターネット、テレビ番組や気象情報サービスでもその様な自然環境とのインターフェイスが今後できるかもしれません(単発なものはすでにありますが、継続的なサービスが重要)。

12:28 午前 サステイナブル | | コメント (0) | トラックバック (1)

2005年6月17日 (金)

サステイナブルな音楽 -バッハその3-

バッハのサステイナブル(持続可能)な側面についての「その3」になります。バッハの活躍した国といえばドイツですが、その昔は「東ドイツ」と言われた地域になります。これほど時を越えてグローバルに演奏され、聴かれるバッハの音楽ですが、バッハ自身はこの旧東ドイツの限られた地域で生涯を過ごしました。

バッハ生誕の地アイゼナッハは、森林地帯に囲まれた緑ゆたかな町だそうです。もちろん私自身は行ったことはありませんが、旧東ドイツ地域は西側に比べると工業化されていない面も多いのでは推測されます。この地を「バッハ巡礼」の最初の地とするケースも多いということで、ここから順番に東に移動して最後のライプチッヒにたどり着くのがお決まりのコースのようです。

バッハの住んだ地名、年代と職業は以下のとおりです(「バッハ名曲・名盤を聴く」参照)。

  • アイゼナッハ:1685-1695 (生誕の地)
  • オールドルフ:1695-1700 (少年時代)
  • アルンシュタット:1703-1707 (オルガニスト初任)
  • ミュールハウゼン:1707-1708 (教会オルガニスト)
  • ヴァイマール:1708-1717 (宮廷専属オルガニスト)
  • ケーテン:1717-1723 (宮廷楽長)
  • ライプツィヒ:1723-1750 (教会音楽監督)

ドイツといえば先進的な環境や新エネルギーへの取り組みで知られており、2002年4月には「国家の持続可能性戦略」を閣議決定しています。この戦略の進展状況に対しては2年毎に報告書を出すことを自ら義務付けています。具体的な取り組みについては、「ドイツ発、環境最新事情」などに詳しく書かれていますが、「ドイツ環境ジャーナル」というブログでも最新の状況を知ることができます。

ドイツの持続可能性戦略の状況を調査する為に、バッハゆかりの地も訪れるというのはとても良い企画だと思うのですが...

11:06 午後 音楽 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年6月16日 (木)

サステイナブルな森林

再生可能エネルギーとしてのバイオマスの中で、木材などの木質バイオマスは国内全体で利用可能なバイオマス資源の1/3程度を占めていると言われており、その利活用が課題となっています(「バイオマス白書2005」参照)。日本の国土の67%が森林であり、世界の中でも木質バイオマスに恵まれている国と言っても過言ではありません。しかしながら、現在の木材自給率は20%以下となっており、ほとんどの木材を輸入に頼っているのが現状です(1960年代には自給率90%以上あった)。

その中で、最近注目されている木質バイオマスの利用については、利用する木材の供給元が問題となります。理想的には、森林を適正に管理する中で発生する間伐材や、木材加工の課程で発生する端材を使用し、再生可能な範囲でバイオマス資源を利用することによりカーボンニュートラル(実質的にCO2の排出が無い)というバイオマス資源本来の価値を保つことができます。しかしながら、供給元が国外において不法伐採された木材であったらどうでしょうか。本来再生可能であるべき森林が破壊されてしまえば、カーボンニュートラルという原則は崩れてしまい、木質バイオマス資源を利用する価値が失われてしまいます。

この様な問題の中で、数年前から持続可能(サステイナブル)な森林を認証するという動きが海外を中心に活発になっています。ここでの持続可能な森林とは、適切な森林管理慣行を行うことにより伐採などを行っても適正に維持されている森林を言います。FSC(Forest Stewardship council)は森林認証のための国際機関で、FSCが認定した認証機関が実際に検査を行い、森林認証を与えています。例えば熱帯雨林の保護を行っている国際NPOであるレインフォレスト・アライアンス(Rainforest Alliance)では、FSCの認定の元でSmart Woodと呼ばれる森林認証のプログラムを実施しています。FSCの森林管理は以下の10個の原則に基づいています。日本国内向けの森林管理基準も策定中のようです。

  1. 法律とFSCの原則の遵守
  2. 保有権、使用権および責務
  3. 先住民の権利
  4. 地域社会tの関係と労働者の権利
  5. 森林のもたらす便益
  6. 環境への影響
  7. 管理計画
  8. モニタリングと評価
  9. 保護価値の高い森林の保存
  10. 植林

国内で流通している木材には、まだまだ森林認証が少ないのが現状の様ですが、最近のグリーン購入や企業における環境経営やCSRの高まりにより、森林認証の重要性やニーズも増していると思われます。FSC日本推進会議も設立準備が行われているようです。

国内での森林認証の動きも最近活発になってきているとのことですが、また別の機会の調べて見たいと思います。国内での森林認証の状況などについて非常に詳しいホームページ「持続可能な森林経営のための勉強部屋」を見つけましたので、紹介しておきます。

都市に住んでいると、大切な森林のことをつい忘れがちになりますが、きちんと森林認証された木材製品を購入・使用したり、森林を訪ねたり、NPOの活動に参加するなど、できる範囲で国土の大部分(2/3)を占める森林のことを考えて行きたいものです。

11:24 午前 バイオマス | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年6月13日 (月)

エコロジカル・フットプリント

 前回から少し日が経ってしまいましたが、引き続き持続可能性に関する「指標」についてお話したいと思います。今回は「エコロジカル・フットプリント」です。

 現在、もっとも注目されている持続可能性指標である「エコロジカル・フットプリント(Ecological Footprint)」(以下、EF)は、10年ほど前にマティース・ワケナゲル氏(Mathis Wckernagel)とウィリアム・リース教授(William E. Rees))が発表した比較的新しい指標ですが、すでに英国を中心に広く普及をし始めています。最近、日本で発刊されたあの「成長の限界」の中でも重要な指標として取り上げられており、今後、地球、国、地域、企業、製品あるいは家庭の持続可能性を評価する上で、重要なツールとなることは間違いありません。
 フットプリントは「足あと」ですが、「エコロジカル・フットプリント」とは、「ある一定の人口あるいは経済活動を維持するため資源消費量を生み出す自然界の生産力、および廃棄物処理(CO2等も含む)に必要とされる自然界の処理吸収能力を算定し、生産可能な土地面積に置き換えて表現する計算ツール」です。ようするに人間の活動に対するインプット(生産力)とアウトプット(吸収力)による環境への影響を、比較的簡便な方法で、総合的に計算することが可能となります。
 この方法を紹介している書籍としては、1995年に英語版が出版され、日本ではやっと昨年2004年に翻訳出版された、「エコロジカル・フットプリント」(合同出版)があり、わかりやくすその考え方や計算方法を解説しています。最近出版された本では「エコロジカル・フットプリントの活用」(合同出版)があり、具体的な計算方法、活用事例などを紹介しています。
 インターネットでも、 ワケナゲル氏が代表を務めるNPO「グローバル・フットプリント・ネットワーク(GFN)」や英国の環境コンサルティング会社「ベスト・フット・フォワード(BFF)」などから様々な情報を得ることができます。日本でもNPO法人「エコロジカル・フットプリント・ジャパン」が最近設立され、活動を開始しており、会員募集中です。
 では、実際にEFを計算するとどの程度なのでしょうか?全人類一人当たりのEFが1999年時点で2.3gha(グローバルヘクタール)に対して、日本人のEFは一人当たり4.8ghaとなっていますが、これは欧州主要国より幾分小さい面積となっており、米国の半分以下の面積です。ここで、gha(グローバルヘクタール)は、土地の種類(農地、牧草地、森林地など)ごとの等価ファクターから計算した生産可能な面積で、全世界の生産可能な土地の合計は114億ghaとなります(地球表面積の1/4)。
 人類全体のEFを、現在の地球の面積と比較して見ると、1980年頃にちょうど同じ程度(地球1個分)になっており、2000年の集計では地球の1.2倍以上になっていることがわかりました。実は、人類はすでに持続可能なレベルを超えている状態(オーバーシュート)ということが分かったことになります。このままオーバーシュートの状態を続けるとどうなるかは、「成長の限界」を読めばわかりますが、とにかくオーバーシュート状態を解消して、持続可能な社会となるための努力を今すぐ始める必要がです。その為にも、国よりももっとミクロな単位(地域、企業、家庭など)でのEFによる評価が重要になってきます。

01:24 午前 環境 | | コメント (1) | トラックバック (0)

2005年6月10日 (金)

サステイナブルな指標

本来はバイオマスの順番ですが、今日は6月8日に公表されたJFS(Japan for Sustainability)の持続可能性をに関する新しい指標「JFS持続可能性指標」にちなんで、「サステイナブルな指標」について考えてみたいと思います。

JFSでは、日本の持続可能性の状況について指標化するプロジェクトを創設当時から進めており、その成果を先日プレスリリースしました。これによると日本の持続可能性は1990年の41.3点から、2005年は33.5点へ後退しているという試算になりました。このJFS指標では環境、経済、社会、個人からそれぞれ5個の代表的な指標(ヘッドライン指標)を選び、試算を行っていますが、環境面が若干の改善が見られたものの、経済、社会、個人の指標が悪化していることが影響しているとのことです。

このプレスリリースの内容が、新聞などで記事にあまりなっていないのは、少し残念な気もしますが、今の社会ではマスメディアによる本質的な変化はほとんど期待できませんので、気にしないことにしましょう。国でも、CO2排出量などを大企業を中心に集計して、京都議定書の目標に取り組むことになっていますが、持続可能性にはさらに多くのファクターがあり、もっと多面的に取り組む必要があります。その意味でこのJFSの指標は「持続可能性」に関する重要な視点を私達に与えてくれるような気がします。

そもそも私達は、重要と考えるプロジェクトや活動では、必ず数値目標を設定し、数値で活動の管理を行います。それに対してあまり重要と考えない活動に対しては、定性的な評価しかせず、数値化をするまでの手間はかけません。数値化をするというのは、その活動を重要だと考える「証(あかし)」だと思います。環境問題への取り組みでも、最初は定性的な目標でスタートしても、本格的な活動になればそのパフォーマンスを数値化して評価します。環境会計、環境パフォーマンス指標、環境効率などが、最近の企業の環境経営では重視されつつありますし、各家庭でもいわゆる「環境家計簿」をつけて、省エネルギーやごみ削減に取り組む事例が出てきました。数値化は手間はかかるけれども、それ以上の効果が得られる手法だと思います。

JFSの指標化の試みがさらに広がって、多くの企業や地域で同様の取り組みが行われることにより、持続可能な社会に向けて日本がそして世界が「変わる」原動力になると思います。

10:46 午後 サステイナブル | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年6月 9日 (木)

風力発電の普及

サステイナブルなエネルギーとして風力発電が注目を集めています。日本ではようやく100万kW(1000MW)に届くレベルですが、ここ10年間で世界各国で導入が進み、2005年3月に世界風力エネルギー協会(GWEC)が発表した数字では、2004年時点での全世界の発電容量は4700万KW(47,317MW)となっています。発電容量の大きな国は、以下のとおりです(NEDO海外レポート No.955, 2005.5.18)。

  • ドイツ:16,629MW
  • スペイン: 8,263MW
  • 米国: 6,740MW
  • デンマーク: 3,117MW
  • インド: 3,000MW

これらの国以外では、日本を含めイタリア、オランダ、英国などが1000MW規模になっています。

ドイツでこれだけ風力発電が普及したのは、2000年に施行された「再生可能エネルギー法」により、風力発電を含む再生可能エネルギーからの電力買取を義務付けた効果が大きいと言われています。すでにドイツでは2004年に総電力需要に占める再生可能エネルギーの割合が9%を超え、総エネルギー需要に対しても3.6%となっています。日本でもいわゆるRPS法が2003年に施行されましたが、あまり効果を挙げていないのはとても残念なことです。

昨年ドイツのボンで開催された再生可能エネルギー国際会議「renewables 2004」は、ドイツが主催し、これまでの各国での再生可能エネルギーの普及状況や成果、そして今後の普及目標などが示されました。現在のところ、ドイツそしてEUが再生可能エネルギーにおいて一歩リードしていることは、紛れも無い事実の様です。

日本も、省エネルギーや太陽光発電、廃棄物リサイクルにおいて優れた技術をもっていますが、政策的にまだまだ不十分な点があり、産業界の保守性と国民理解の不足などから再生可能エネルギーの本格的な普及には至っていません。これからの10年が日本にとっても再生可能エネルギーの本格的な普及を含むエネルギー政策の転換点になるのは確実の様な気がしますし、そうしなければならないと思います。

08:36 午前 エネルギー | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年6月 7日 (火)

環境経済学

最近になって、「環境経済学」という学問があるのを知りました。私の様な技術者は、基本的に経済学というものに触れる機会が少なく、経済学の知識も通り一遍のものであることが多い様です。環境問題を考える場合にも、設備のコストおよび経済性や排出物の量などを考えることがあっても、それが経済社会の中でどの様な位置づけにあるかということはほとんど考えません。

環境経済学の本を読むと、もともとの経済学には、環境の概念は入っておらず必要に応じて「外部経済」として取り扱っていたそうです。「外部経済」というのは、いわゆる経済的なお金のやり取りをしないけれども何らかの影響を与えるという様な意味のようですが、結局、その影響の度合いを評価しきれないうちに、内部経済の発展と共に今日の様々な環境問題が拡大してしまったと考えることができます。

京都議定書の発効前後から、環境税や温暖化ガスの排出権取引が話題になっていますが、これらの動きはもともと「外部」だった環境を経済の「内部」に取り込もうという動きです。しなしながら、環境への影響をお金に換算することは、考えれば考えるほど難しい事の様に思えます。また、経済社会に対する国の政策というものがどれだけの効果があるかは疑問な点もあります。

そこで、国の政策と平行して、日本の社会経済を支えている企業の取り組みがとても重要になります。現在の企業は、売上げや利益、さらには株価を最大にする様に活動を行っています。この活動に環境の視点を含める「環境経営」が、ここ数年、大企業を中心に大きな広がりを見せ初めています。ISO14001に代表されるEMS(環境マネジメントシステム)を導入した企業は2万件を超え、多くの大企業がいわゆる「環境報告書」を公開しています。この動きが、形式なものに終わらずに正しい報告に向かい、日本の経済社会に浸透するこができれば、日本のサステイナブル(持続可能)な社会へ少しでも近づくことができるのではないでしょうか。

環境経済学は、まだ生まれて20年程度の新しい学問で、その実践は始まったばかりです。われわれ技術者も、「経済学」という名前だけで避けないで、この実践に真正面から取り組むべきだと思います。多くの企業や地域で実践を積み重ねることにより、「サステイナブル経済」と呼ぶべき、さらに次の段階の経済社会へ進むことも可能かもしれません。

09:26 午後 環境 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年6月 6日 (月)

サステイナブルなサイト -Part1-

地球温暖化問題などで注目されている「サステイナブル」という言葉ですが、日本国内での定着度はまだいまひとつの様です。例えば、Googleでの検索結果は以下の様な感じです。

  • 「Sustainable」: 5260万件(Webサイト全体)
  • 「持続可能」:   72万8千件
  • 「サステイナブル」: 45万800件
  • 「サステナブル」:  12万件

持続可能は日本語としてある程度普及している言葉ですし、最近の問題意識の高まりからこのぐらいあってもおかしくは無いと思います。「サステイナブル」という言葉が使われだしたのがここ数年ということで、「サステナブル」という別のカタカナ英語もあり、なかなか普及するのは難しい様です。ちなみに英語の発音からいけば、「サステイナブル」なのですが、日本語は二重母音を省略する傾向があるので、「サステナブル」も使われているようです。

名詞である「持続可能性」"Sustainability"はどうでしょうか。

  • 「Sustainability」: 2020万件(Webサイト全体)
  • 「持続可能性」:   83万件
  • 「サステナビリティ」: 23万100件
  • 「サスティナビリティ」: 5840件
  • 「サステイナビリティ」: 3690件

最近、企業の環境報告書が「サステナビリティ報告書」として発表されるケースも増えており、長いカタカナ英語の割には普及しつつあるような気がします。ここでは何故か「サステナビリティ」の方が正しい英語の発音に近い「サステイナビリティ」よりも多くなっています(短くて発音し易いから?)。

最後にサステイナブルなサイトをひとつ紹介します。

Japan for Sustainability: http://www.japanfs.org/

 世界に向けて日本の環境情報を英語で発信しています。言葉の壁により海外に知られていない優れた日本の環境技術や取り組みなどを英語で海外向けに発信することにより、持続可能な社会の形成に貢献しようとしています。「成長の限界」を翻訳したあの枝廣淳子さんが共同代表者となっており、日本語のページもちゃんとあって、会員・サポータを募集しています(私も会員になりました)。

01:59 午後 サステイナブル | | コメント (0) | トラックバック (1)

2005年6月 5日 (日)

サステイナブルな音楽 -バッハその2-

バッハの音楽のサステイナブル(持続可能)な側面を引き続き考えたいと思います。

バッハの生きた時代は、18世紀前半(1685-1750)ということで、いわゆるイギリスで18世紀後半に起こった産業革命の前の時代になります。この頃の世界人口はまだ6億人以下で、その増加率も小さく、大気中の二酸化炭素濃度も270ppm程度で安定していました。大雑把な言い方をすれば、持続可能な社会を形成していたということになります。バッハの没後、イギリスの産業革命を皮切りに、今日までの経済の成長が始まり、人口の爆発的な増加や大気中二酸化炭素の増加を招いています。

バッハの音楽は持続可能だった時代の最後の音楽だったということもできるかもしれません。バッハの音楽はいわゆるポリフォニー(複旋律音楽)という様式で、複数の旋律が独立して一つの音楽を作っています。これに対してバッハ以降の音楽ではモノフォニー(和声付単旋律音楽)が主流となり、一つの旋律が支配的に扱われることが多くなります。私にはポリフォニーのもつ自由さが、自然や宇宙の持つ規則性の中にある自由な動きに重なって見えます。対照的にモノフォニーの音楽は、人間の意思や感情をストレートに表したものに感じられます。自然の持つリズムを感じられるというのは、持続可能性にとってはとても重要なことではないでしょうか。

バッハは、生涯を通じて20人の子供をもうけたと言われていますが、これが持続可能かどうかというのは議論が分かれるところです。子供の教育にはとても熱心だったということで、子供達の為に、練習曲をいくつも作っており、それらの曲は今でもピアノを学習する人の大切なレパートリーとなっています。中でも「インヴェンション」は、ピアニストであればほとんどの人が練習をするのですが、多くのピアノ初心者が挫折をしてしまいます。右手と左手が独立して別の旋律を引くというポリフォニー様式が、やはり「壁」となっているようです。サステイナブルな音楽を目指すには、ここはじっと我慢をして練習して、自然のリズムが感じられる様になりたいものです(自戒を込めて...)。

09:32 午前 音楽 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年6月 4日 (土)

バイオマス利用の課題

本ブログも開始から一週間が経過しました。まだまだアクセスをして頂ける状態にはなっていませんが、できるだけ1回/日の投稿を目標に、「サステイナブル」、「環境」、「エネルギー」、「バイオマス」、「バッハ」の各カテゴリで順番に書いています。というわけで、本日は「バイオマス」の2回目です。

人類は古くから「バイオマス」を燃料や肥料などとして利用して来ました。バイオマス利用の原則は、その利用速度が再生速度を上回ってはいけないということです。例えば、森林の木材をボイラーで燃焼させる場合でも、製材所の端材や間伐材をつかうべきで、間違ってもその為に木材を伐採することはあり得ません。よって、バイオマスを利用する場合には、どこにどれだけのバイオマスが余剰にあるかを、まず調べて、それに最適な利用方法を決める必要があります。

バイオマスには、木質、食品残渣、畜糞などがありますが、最近はこのうち木質(端材、間伐材など)の利用が全国的に行われています。ただし、製材所で発生する端材についてはかなりの部分はリサイクルが行われており、実際にボイラーなどで燃焼させる割合はかなり少なくなっています。特にバイオマス・ニッポンが始まってからは全国的にバイオマス発電の設備が増えてきており、木質チップが不足する事態も予測されます。食品残渣や畜糞については、主に微生物発酵による堆肥化処理が行われいますが、問題は堆肥化したものの使い先が限定されているということです。堆肥は畑によって必要とする時期や種類が異なり、マッチングしなければ結局は埋め立て処理をすることになります(それでも畜糞を野積みにするよりはましですが)。

バイオマス発電は、小型(1トン/日以下)のものから大型(数10トン/日以上)のものまで、様々な方式の設備が稼動を開始しています。比較的昔から行われているのが、製材所に併設されたボイラー燃焼+蒸気タービンの設備で、安定的に端材が供給され、発生した電力と熱を製材所ですぐに利用できるというクローズドサイクルを形成することが容易にできます。ところが、最近のバイオマス発電設備は、実証段階ということでとりあえず木質チップを集めて来て発電を行っても、それを設備内で一部消費して残りを電力会社に売ろうとしても非常に安い値段でしか売ることができません。2年前にRPS法(電気事業者による新エネルギー等の利用に関する特別措置法)が施行され、基本の売電価格に上乗せする「新エネルギー等電気相当量」を設定できることになりました。国内電力各社は、一定割合の新エネルギーを利用することが義務付けられていますが、その目標が低く抑えられておりその価格が低迷しています。バイオマス発電では熱利用が重要と言われていますが、ごみ発電設備での熱利用と同様に、なかなか安定した利用先は無いのが現状です。

一方、堆肥化の方は「家畜排泄物の管理の適正化及び利用の促進に関する法律」が昨年末に完全施行され、各地に堆肥化設備が整備されました。しかしご存知のとおりその堆肥を利用する農地が十分に整備されておらず、農家の高齢化などと合わせてなかなか難しい状況のようです。やはり、堆肥化によるバイオマス利用については、農業の事業化などにより、農業と一体となった取り組みが必要だと考えられます。

08:31 午前 バイオマス | | コメント (0) | トラックバック (2)

2005年6月 2日 (木)

日本のエネルギーはサステイナブルか?

私達が普段何気なく使っている電気やガソリンは、果たしてサステイナブル(持続可能)でしょうか?ここで言うサステイナブルとは本来の地球環境に優しく温暖化ガスや有害物質をできるだけ出さないという意味と、将来に渡って安定して供給されるか?という意味が含まれています。

資源エネルギー庁が毎年発表している2004年版エネルギー白書によると、2001年現在、日本の一次エネルギー(石油、石炭、天然ガスなど)の80%以上は、海外からの輸入に頼っています。よってエネルギーの国内自給率は20%以下ということになりますが、その内の16%は原子力で純粋な国産エネルギーとは言えず、純粋な国産エネルギーは3%余りの水力と1%以下の新エネルギーだけという大変心もとない状況です。

エネルギー自給率は昔からこんなに低かったわけではなく、1960年代には国内産の石炭により56%の自給率がありました。高度成長時代に、海外特に中東の石油に頼った結果、エネルギー自給率は12%以下まで低下し、2度の石油危機を経て原子力や天然ガスを取り入れた現在のエネルギー供給体制になっています。

果たしてこの供給体制はいつまで継続することができるのでしょうか?大きく2つの懸念材料があります。ひとつは海外の情勢です。局地的な戦争やテロ、紛争が世界の各地でおきており、海外からの輸入にいつ支障が生じるとも限りません。もうひとつは京都議定書により目標とされている1990年比温暖化ガス排出量6%削減と、その先にある更なる温暖化ガス削減です(2050年には現在の半分にする必要があると言われています)。

現在のエネルギー供給体制が、これから先もずっと続くとはとても考えられませんが、この先のシナリオはその人の立場や問題の理解の程度により大きく異なるのが現状です。このあたりの状況を客観的に調査し、将来の方向性を国民自らが選択すべきという動きが最近少しずつ見られる様になりました。もちろん国がそれなりの取りまとめをしない限り、これまでの方向性を大きく変えることは難しいかもしれませんが、国民一人ひとり、地域、地方自治体および企業が真剣に考えて実行すれば、サステイナブル(持続可能)なエネルギーへ少しずつでも移行することができるのではないでしょうか。

ここまで大きくなってしまったエネルギー供給体制を変えるというのは、生易しいことではないのが実情ですが、ヨーロッパの国々ではすでにこの動きが一歩先に進みだしています。日本でも、可能な地域からこの問題に率先して取り組むことにより、日本全体が変わっていくことが可能になるような気もします。

04:20 午後 エネルギー | | コメント (0) | トラックバック (0)