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2007年2月19日 (月)

70%削減の低炭素社会をめざす

地球温暖化防止のための京都議定書が2005年に発効してから、この2月で2周年を迎えます。この2年間、世界中の多くの人々の努力にも拘らず大気中の温室効果ガスの濃度は増え続け、世界の平均気温も上昇を続けています。特に最近は、世界各国で地球温暖化に伴うと考えられる異常気象が加速度的に増えている様な気がします。

一方、2008年から始まる京都議定書の第一約束期間で、日本は1990年比で6%温室効果ガス排出量を削減しなくてはなりませんが、2005年の時点ですでに8%以上増えているため、その達成はとても困難な状況となりつつあります。世界的にも、米国や中国など京都議定書に参加していない国々のCO2排出量が、急速に増え続けています。

この厳しい現実を少しでも変えるために、この半年間でも多くの警鐘が鳴らされて来ました。地球温暖化と世界経済の密接な関係を明らかにした昨年10月の「スターン・レビュー」は、日本語訳の作成や評価が国立環境研究所を中心としたチームで進められています。また、昨年世界中で公開され1月には日本でも公開された「不都合な真実」は、地球温暖化の真実を多くの人々に訴え、一人一人にその取組みを促しています。そして2月に発表されたIPCCの第4次評価報告書(気候変動の科学的根拠の概要)では、地球温暖化を人為的なものと結論付け、今世紀中の温度上昇をシナリオ毎に推定しています。その結果は、このまま行くと今世紀末には6℃以上の温度上昇というとても衝撃的なものでした。

この様な状況の中、世界第2位の経済大国日本は、果たしてどのような社会を目指すべきなのでしょうか?また、世界の中でどの様な役割を果たすべきなのでしょうか?その答えのひとつとして、国立環境研究所や多くの大学研究者が参加した3年間の研究プロジェクトの成果が、京都議定書発効2周年に合わせる様に発表されました。バックキャスティングの手法により2050年までにCO2などの温室効果ガスの排出量を70%削減(2000年比)するためのシナリオが提示されています。基本は、50%以上の省エネ(エネルギー需要の削減)とエネルギーの低炭素化(自然エネルギーへの大幅な転換など)によるCO2をできるだけ排出しない社会です。2050年といえば40年以上先の未来ですが、私たちの子供たちの時代に実現すべき低炭素社会のビジョンとシナリオがより具体的に提示されています。

脱温暖化2050プロジェクト」成果発表
[2050日本低炭素社会シナリオ:温室効果ガス70%削減可能性検討]
http://www.nies.go.jp/whatsnew/2007/20070215/20070215.html

現在、エネルギー自給率が4%と極端に小さい日本は、エネルギー安全保障の面からもこの低炭素社会へのシナリオを確実に実現し、世界のモデルとなる必要があります。そのためには持続可能なエネルギーについての基本的な政策の実現と共に社会や経済を根本から変えることが求められており、ビジョンの実現に向けて政府、企業そして個人がそれぞれの立場で様々な取組みを続けられる必要があります。

地球温暖化についての科学的な根拠と、将来への脱温暖化シナリオ(ビジョン)はほぼ出揃いつつあります。これからは、その実現に向けた戦略が求められています。その意味で、今年中に発表されるIPCCのWG2(適応)やWG3(対策)の各報告書が注目されますし、EUの気候変動戦略スウェーデンの脱石油依存宣言など、より具体的な戦略をいかに作り実行するかが重要です。一方、日本国内では、発電における自然エネルギーの目標値を定めたRPS法がパブコメなどを経て見直しされる予定ですが、相変わらず欧州などに比べてとても低い目標レベルに留まっています。低炭素社会の実現に向けてこの70%削減のシナリオやビジョンをより多くの人が理解し、共有することから始める必要がありそうです。

11:52 午後 環境 |

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